トーナメント

一回戦 第三試合 

  藤松 千代 対      長洲 さやか





海に囲まれた特設土俵が時間が経つにつれ、結構滑りやすくなっていた。
係員というか町内会の者がかなりマメに、丁寧に土俵を拭いているのだが
それでも水が拭ききれていない様であった。


長洲さやかは 親友の安堂猪子が一回戦で負けるなんて想像もしていなかった。
 
それもうっかりハプニングで負けた、というのではない。全力で戦って
 敗れたのだ。安堂の強さは自分が良く解っている。二人とも女子プロレスラーに
なるのが夢であった。同じ夢を持つ同志、何度も一緒に基礎体力トレーニングや
レスリングのスパーリングの真似事を積み重ねていた。もちろん、相撲と
レスリングは別物だが、それでも自分と安堂は、体力的に物凄く強くなっている!

格闘技関係で自分たちが負けるわけがない、そう考えていたのだ。

「優勝して女子プロデビューした際に武勇伝の一つにでもしてやろう。」

そんなことを思っていた矢先の親友の一回戦負け、であった。
ショックだった。

「安堂が負ける位なんだから気合を入れていかないといけない・・・・。」


            「東方、長洲さやかさん、西方、藤松千代さん、土俵に上がって下さい。」

 
さやかは対戦相手、藤松千代と対峙する。藤松のことは開会式のときに
見かけていた。大きいな、とは思っていたが目の前に立つと
やはりその巨体は迫力があった。身長183センチだ。
自分を自然と見下ろすような形になってしまう。少しカチンときた。 


 
ボリュームもかなりある。藤松千代は、あまりダイエットというものに
 こだわってはいなかった。もちろん極端なものはNGだが、ある程度体重が
 あった方がバレーボールのアタックの破壊力が増す、そう考えていた。
 
「動くスピードと破壊力のバランスを考えて調整する。

 
 それが藤松にとってのダイエットであった。思考がバレーボール中心なのだ。
 
「お互いに、礼!」

 土俵中央まで歩を進め、二人とも腰を下ろして蹲踞する。そして構えた。
 お互いの構えにはそれぞれの特徴があった。
長洲さやかの実家は相撲部屋を営んでおり、父が新弟子を叱っているのを
子供のころから見続けていた。そのせいか構えが綺麗であった。
対する藤松は指を仕切り線に付き両手を伸ばし、腰を上に上げる
まるで水泳のスタートのような構えであった。

「はっきよおい・・・・・・。」

長洲さやかは構えを見て、藤松千代が相撲の素人だということに気付いた。
年下だということも。それだけに見下ろされているのが気に食わない。
だが、素人でも何でも、強い者は理屈抜きに強いことをさやかは知っていた。
格闘技経験が無いとはいえ、その巨体が素早く動けるとしたなら
かなりな脅威だ。さやかは気を引き締めた。



「相撲の稽古なんかしたこと無いけど、相撲部屋の娘が素人の年下女子に負けるもんか」
長洲さやかの目がきつくなる・・・・・・・・。

「のこった!」

立ち会いからさやかは思いっきりぶつかっていった。
立ち遅れた藤松の脇にさやかの掌が入る。そして一気に押そうとする。だが・・・・
土俵が滑るため足を取られ、押したさやかの方がよろけてしまった。
対する千代は仁王立ちだ。その偉そうな態度にさらにムカつくさやか。

「カッコつけて何見下ろしてんの?」

藤松千代は偉そうにしているのではなく、偉そうに「見える」だけであった。
また、さやかが押す。一歩、また一歩と千代の体が下がる。千代もやりづらいのだ。
その姿を見てここが勝機だ、と さやかは確信した。

「このまま押して押して押しまくって勝利を掴む!」

さやかが調子に乗って力を込めて押そうとしたその時・・・。

さやかの目の前から、千代の巨体が消えた。

藤松千代が素早く右方向へ動いたのだ。よろけるさやか。だが踏み止まり、
すぐさま相手を確認し押そうとするが千代は軽くかわす。滑る土俵に足を取られ、
相手に背中を向けてしまう長洲さやか。そこを千代は見逃さなかった。



さやかの廻しをガッチリ掴み、藤松千代は長洲さやかを両手で高々と持ち上げた。

大きくどよめく観衆・・・・。恐怖のあまり、思わずさやかは千代に抱きついていた。



「せいっ!」掛け声と同時に千代は、まるでバスケットにシュートするかのように
吊り上げたさやかを土俵の外に放り投げた。

大きく波しぶきが立ち、水面からすぐにさやかが顔を出す。かなり悔しそうな顔をしている。


あっさりと藤松千代が長洲さやかを下し、2回戦進出を決めた。
 

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