トーナメント

一回戦 第四試合 


     田原坂 敦子  対       野々村 魔子

 
次の対戦は、ある意味好カードであった。

二人ともヴィジュアル系の戦いだ。片やアイドル。こなた、ロッカー。
どっちも駆け出しなのだが、このコスプレ相撲大会を象徴する取り組みとも言えた。

会場には田原坂敦子のファンがそれなりに集まっている。
彼女は今は売れてないが後々ブレイクすると見込んでいるコアな人々だ。
応援がクソやかましい。それに応える田原坂。やはりアイドルだ。

 

対する野々村魔子は、このシチュエーションに燃えていた。
自分が悪役だと、何だか安心するのだ。ブーイングが心地よい。

「シャラァ!目にモノ魅したるぜぇ、バカどもがぁ」

魔子にブーイングが起こる。観る側にしてみればとてもわかり易い、
ベビーフェイスとヒールというキャスティングが成立している。
前の3戦と違い、観客はこの取り組みに真剣勝負を期待してはいなかった。

「お互いに、礼!」
丁寧に礼をする敦子。ぞんざいな礼を返す魔子。
それを見てさらに応援とブーイングが混在する。時間いっぱいだ。

「両手を付いて・・・ってお前!手開け、手!」

審判が野々村魔子の手を調べる。その場にある理由がない砂が握られていた。
いきなりの確信犯にブーイングが鳴り響く。舌を鳴らす野々村魔子。

「両手を付いて・・・んっ?」

審判が野々村魔子の腰の辺りにある不自然な突起物に気付く。
審判がふたたび野々村魔子を調べる。その場にある理由がない、小さな水鉄砲が
腰に隠されていた。「バカだろお前?次見つけたら無条件で負けだぞ!」

「つまんねえ審判だな、まったく」 
舌打ちする魔子。注意するのが普通だ。念入りに手を調べた後、やっと腰を下ろす。
「それにしても滑るなあ、この土俵」足の裏を手で触る魔子。「ちゃんと拭けよな。」
また立ち上がり足の裏をなで回す。それも念入りにだ。
「ちょっと!いい加減にしてよ!」
たまらず敦子が声をかける。もう待ちきれないのだ。見透かしたように魔子がニヤリと笑う。
このやりとりは、敦子を焦らすための作戦でもあったのだ。

「腰を下ろして両手を付いて!」
田原坂、野々村の両名ともに、犬の「おすわり」のように構えた。ようやく勝負が始まる。
「はっけよい、のこった!」



フライング気味に魔子が出て、敦子の目の辺りに張り手を見舞った。
いや、張り手というより、何かをなすりつけるような、そんな感じだった。
顔をおさえる敦子に魔子が猛ラッシュを仕掛ける。張り手や肘や、手当たり次第にだ。
敦子は目が霞んで良く見えなかった。魔子の手に何か塗ってあったのだ。
何の薬かは分からない。ただ強烈に痛かった。でもいつ塗ったのか?
審判が念入りにチェックしていたはずなのに・・・。

 

雑念を吹き飛ばすかのように野々村魔子のラッシュが続く。
「ホラホラァ!どうしたアイドル!」
髪を掴み、平手打ちを放つ魔子。返す手の甲でも叩く魔子。勝負は一方的であった。
「おい、髪掴むな、髪!」見かねた審判が中に入り、競技は一旦中断する。
注意をしぶしぶ受ける野々村魔子、呆然とする田原坂敦子。
敦子は自分を見るファンの顔にドン引きを感じていた。
「・・・・何故?」 戸惑う敦子。

  


目の前の審判をもの凄い勢いで押しのけ、敦子は魔子に平手打ちを入れた。
「パンッ!」形相が変わっている。張り手連打だ。「パンッ!」
「こ、この野郎!」魔子も負けずに応戦する。「パシンッ!」

「パンッ!パシン!パンッ!パシン!パン、パン!バシッ!」

張り手の応酬だ。連続して破裂音のような音が鳴り響き、観衆は息を呑んだ。

「パンッ!ビシン!パンッ!パシン!パン、バシッ!」

競技を中断するはずの審判は敦子に押され、土俵を割って海の中だ。
張り手合戦は続いた。だが、打ち合いはリーチの短い野々村魔子に不利だ。
敦子が3発当てるところで魔子は2発しか当てられない。徐々に押されている。
それと、田原坂敦子の怒りのパワーが凄かった。鬼気迫る、といった感じだ。
「パンッ!」敦子がついに魔子を海に叩き落した。ブチ切れアイドルの勝利だ。

だがしかし、ファンの歓声は無かった。

 

反則し放題の野々村魔子に、何故か励ましの応援がかかっていた。
海に落ち、メイクの落ちた野々村魔子は・・・・・

結構かわいかったのだ。

それに気付いた敦子の追っかけが何人か、アイドルでもない魔子に鞍替えした。

・・・・・勝った敦子は何かを失くし、負けた魔子は新しい何かを手に入れていた。

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