トーナメント

決勝戦 その3
 
         芝城祢々子 対    アリシア・マーセラス 



「はっけようい!」
 
 行司の声が響く。さっきと全く逆の状況だった

前回はアリシアが芝城の手業を防ぐため手首を掴み封じていた。今回は芝城が技を掛けるため
アリシアの手首を掴んでいる。アリシアにとってはピンチだった。だがまだ完全には極まっていない。
入ったその瞬間芝城は技を仕掛けてくるはずだ。そしてアリシアはそれをかわせないだろう。
動けば動くほど体勢が崩れ敗色が濃くなると思い、彼女はジタバタするのをやめた。
だが力は抜かない。掴まれた方の手で拳を握り、手をその拳に添える。手首を捻らせないためだ。

「グッ・・・!」

「・・・・・・・・」

 手を掴まれたその体勢で押し合いとなる。芝城の頭がアリシアの胸に当たる。身長差のせいだ。
お互いが両手で握手しているように見えるその膠着した状態が40秒ほど続いただろうか。 
突然アリシアが添えた手を離し、張り手を浴びせた。そしてすぐ手を元に戻す。

「・・・・・・!?」

張られたその顔が 赤くなる。芝城はショックを受けていた。芝城祢々子は今まで顔をはたかれた
ことなど無かった。親にも、だ。相撲なのだから張り手も立派な技なのだが屈辱的だった。
芝城が顔を上げる。その空気を察したアリシアがもう一発張り手を浴びせる。

歯をむき眉間と鼻筋に皺が寄る。芝城の闘志に火がついたのだ。

掴んでいた片方の手を離し、お返しとばかりにアリシアの顔を張る。アリシアが避けずにもらう。
芝城は我を忘れ気味になり、何度も顔を張る。何度もモロにもらうアリシア。

「OH!」

芝城が張り手に集中してる中、アリシアがクルッと手首を返し、芝城の手首を掴み返す。
芝城が自分にやったのを見て覚えたのだ。これで何とか危機は脱した。
よほど悔しかったのか、芝城は張り手をまだ止めない。アリシアの顔も真っ赤になる。
アリシアが二発叩いたのに対し、芝城は六発叩いている。
芝城がアリシアのベルトをグッと掴む。アリシアも掴んだ手を離し、上から芝城の腰を掴む。
がっぷり四つになる。
芝城がアリシアの胸に顔をうずめる。もろ差しの状態で腰を落とし、力を込めて押す。
芝城の猛攻にアリシアは堪えようと腰を落とし、お尻を上に突き出す。



「ハァ、ハァ・・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・・。」

両者、力のこもった相撲を展開するが、やはり先に疲れるのはアリシアであった。
行われた全取組の時間の大部分がアリシア絡みであった。どれもこれも白熱した大相撲で、
どの試合でアリシアが負けても全然おかしくなかった。

「負けるなアリシア!」

「押し返せ押し返せ!」

応援が鳴り響く。
アリシアは自分が押されていると思っていた。だが、ムキになって押してもスタミナを
無駄に消費するだけだろう。・・・・・どうする?

一方、芝城祢々子はアリシアへの応援が妙に気になっていた。
自分への応援が無いわけでは決して無い。それがアリシアへの応援に負けてるのだ。
 
「フンッ!」

アリシアが力を込めて押す。二歩、三歩と芝城が押されている。というか芝城が呼び込んでいる。



一瞬で両者の体が入れ替わる。芝城が出し投げを打ったのだ。大きくよろけるアリシア。
芝城に対して背中を向けた体勢になる。勝負あった。・・・はずであった。 
アリシア、素早く反転して右足を大きく踏み出し、勝負俵に足を掛ける。
一気に勝負を決めようとした芝城が相手の意外な抵抗に遭い、逆に押し返されてしまう。

芝城はショックだった。出し投げを使った時点で勝負は決まっているはずだ。
タイミング、手首の返し、体の開き、芝城にとって、それは完璧だった。
芝城のイメージではアリシアはもっと大きくバランスを崩し、使った時点で決まるか
指でチョンと付けば倒れるはずなのだ。出し投げは芝城にとって
何より頼れる必殺技であり、だからこそ、ここぞというときにしか使わない。
それが・・・・何故?



「アマイ、アマイ。」

ん?・・・・・何?

「惜しいけど詰めがアマイですね。」

アリシアが大きな声で周りの人に聞こえるように芝城に呼びかける。

「そこはノドワで攻めないと・・・・。」

芝城は自分のことを言ってるのだとこの時気付いた。芝城は自分の出し投げを
一撃必勝の居合い斬りのように思っていたのだ。一度抜いたら止めなんて必要無いと
今まで思っていた。だから詰めを怠っていたのだ。図星を指摘され、ついカッとなってしまう。
芝城祢々子の怒涛の寄りにアリシア、ズルズルと土俵際まで押し込まれる。
前回優勝者の、そして今まで負けたことが一度も無い自分に上目線で「甘い」とか
言ってくる奴を負かしてやりたかった。それも派手に。

「水に落としてやる・・・。」

「アナタには無理ですね、ソレ」

この生意気な外人を懲らしめてやる。芝城は更に熱くなり、押す力を強めていった。
対するアリシアは土俵を丸く使い、何とか持ちこたえている。だが芝城の攻めが激しく
このままだとアリシアが土俵を割るのは時間の問題であった。

「のこったのこったのこった!」
「・・・・・・・・・」
「ムムム・・・。」

アリシアが土俵際に追い込まれて1分が経過した。
見ている人達は、ある変化に気が付いた。アリシアが疲れ切っているのは分かっている。
それは序盤からそうだった。だが、芝城もかなり疲れているのだ。そう、芝城の弱点は
スタミナであった。芝城祢々子は今までこんなに長い勝負を経験したことが無かった。
彼女はこれまで抜群の技のキレとスピード、それと見かけから想像も付かないパワーで
対戦相手のことごとくを速攻で薙ぎ倒してきたのだ。そんな彼女に長丁場など想定外であった。
だが、それでもアリシアが不利な状況であることに変わりはなかった。

「あっ!」

芝城が気合を掛ける。自分の疲労をまるで隠すように、だ。 

「ハァ・・・・ホントに強いですね、貴女。とても敵いません。」

アリシアが芝城に話しかける。さっき甘いと言ったはずなのに今度は持ち上げるのか・・・。

「私が今まで戦った中で5本の指に入る強さデス。あ、一人は安堂サン。
一回戦の相手です。あの人も強かった・・・。」

ただでさえ疲労していた芝城はイラついた。何なの?この話・・・。

「あと、この大会には出てませんがウチの学校に物凄く強い子がいるんです。
半端ないデスよ。その強さったら・・・。」

「黙らせてよ審判!」 たまらず芝城が顔を上げ、振り返り審判の方を見る・・・。

アリシアはその隙を見逃さなかった。

「リャアッ!」

芝城の腰を掴み、思いっきり振り回す。両者の位置が入れ替わり、芝城が土俵際になる。

「し、しまった!」



アリシアは芝城から何とか隙を作り出そうと、わざと下らない話をしていたのだ。
アリシアは芝城を抱きかかえ、何度か揺する。アリシアの腕力を生かした大技、さば折りだ。
芝城が持っていたようにアリシアも隠し技を持っていたのだ。まだ誰にも見られていない技を。
暴れる芝城。だがもがけばもがくほど動ける範囲が狭くなっていく・・・・。

「のこったのこった!のこったのこったあ!」
「はぁ、はあ・・・・はぁ・・・・。」

四分経過・・・・。
アリシアが最後の力をふり絞って締め上げる。芝城の力がだんだんと弱くなっていく。
だが、責めているアリシアにももう余力は無い。

「あっ・・・・あっ・・・。」

芝城祢々子がか細い声を上げる。アリシア、そんな芝城に容赦なく上からのしかかる。
何とか横へ回ろうとする芝城祢々子にそうはさせまいと抱きかかえた体勢から立ち位置を
変えるアリシア。吊り上げようとするが芝城が踏ん張り、失敗に終わる。
その時・・・。 

「きゃっ!」

不意に踏ん張っていた芝城が左足を滑らせる。芝城の立ち位置は滑りやすい場所だったのだ。
この大会、ほとんどの試合でこの土俵の「滑る」という要素が勝敗を左右していた。
普段の凛とした振る舞いとギャップの有る、可愛らしい声を祢々子が発した。

 「ん・・・んっ・・・・。」

立て直そうとする芝城だったが、アリシアはこの絶好の勝機を見逃さない。ここで
力を使いきる!とばかりに強い腕力で芝城を引き付け思いっきり体重を預けるアリシア。
必死でこらえる芝城祢々子。だがあまりにも体勢が崩れており、勝負はすでに決まっていた。


 

「あんっ!」
力尽き膝から崩れ落ちる芝城祢々子
アリシアの勝利だ。



勝者というより安堵の笑みを浮かべながら疲労でへたりこむアリシア。
だが・・・・とても嬉しそうだった。

   
ここでもし芝城が足を滑らせなかったらアリシアは負けていたかもしれない。
アリシアの消耗はそれくらい激しかったのだ。一方的に責めているように見えていただけで
実際はほんの少しだけ芝城の方が有利な我慢比べだったのだ。

 芝城祢々子の最大の敗因はアリシアの力を読み間違えていたことにあった。
疲労しているアリシアは自分の敵ではない。勝手にそう思っていたのだ。
というより一回戦のアリシアを見たときも自分の敵ではない、そう思っていた。

「体が大きく腕力が強いだけの初心者外人にこの自分が負けるはず無い」

だが、アリシアは相手の技を見てその技をほぼ完璧に覚えてしまう才能があった。
間近で一目見ると、即興でその技を使うタイミングや力の入れ具合、使うトコロを
覚えてしまうのだ。それだけでなく最適な防御策も把握してしまう。
人の試合をみて、自分も試合をして、アリシアは短時間で強くなってしまったのだ。
 
逆に芝城にとっては一回戦でアリシアと当たった方が勝率はかなり高かった。
得意技の腕捻りも、隠し技の出し投げも見られてはいなかったのだから。
一回戦のアリシアと決勝戦のアリシアは全く別人である事に芝城祢々子が気付けば
あるいは楽に勝っていたかもしれない・・・。

                                        ←1月14日アップ

「優勝はアリシアさんに決定しました。皆さん拍手をお願いします!」



アナウンスが言い、それに応じて拍手が鳴り響く。

 

 
個人トーナメント、終了だ。
 

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